夏だから、心霊番組の話をしよう「女房は見た」

tunne

夏になるとTVで心霊系の番組が増える。

それらの番組の内容は他愛無いもので、個人的にはまったく興味はない。

また、僕自身は「霊」というものがあろうがなかろうが、それはどっちでも良い。個々の人が自分で決めれば良い、と思っている。

ところが・・・

霊が見える超能力女房と娘

ところが、僕の女房は「霊」が普通に見えると言う。めちゃくちゃ普通に見えるそうだ。女房が子供の頃には普通に生きている人と霊の区別がつかなかったほどだったらしい。

こればかりは本人がそういうのだからそれで良い。肯定も否定もしない。(ただし、女房が見える、ということの客観的裏付けを取ろうと思えば取れそうだ、が、そんなことをしても何の意味もないのでしいてはそれをしていない)

その上にだ、娘も女房と同じ感覚がある。家族三人のうちの女二人がそのようだ、という状況はちょっとばかり異様ですぞ。普通と異なる日常がそこにある。

霊が見える人が心霊番組を見ると

さて「霊」が見えるという女房と娘が心霊番組を見るとどうなるか?

まあ、普通だったらそのような番組は「ゾクゾク」しながら怖がることを楽しみとして観るのだろう。

ところが、霊が見えるという二人は普通には霊が見えない人々とはまったく異なる観点で番組を視聴することになる。そりゃそーだわな。

端的に言って、霊が見える二人は心霊番組を、普通の人よりかなり「面白く」観ているようだ。なにせ、ときには爆笑さえしている。

以下にその様子を再現しよう・・・

お笑い心霊特番(霊が見える人が視聴者編)

例として「霊が出るトンネル」があったとしよう。

カメラはまずトンネルの入り口付近の映像を映す。タレントの女性や、付き添いでいるいわゆる「霊能者」とカメラ・クルーはまだトンネルの外。

しかしながらその段階で既に女房と娘は・・・

「わー、もうそこにおるやん!うおっ、こっちにも!」
「気づけよ早くー!ここはマジやばいやばい!わっはっは!」

このように、番組の編集意図とは無関係のところで反応する。そしてさらに・・・

「わー、何にもわかっとらん霊能者、これはあかんわー」

と、ここまでは画像は単にトンネルの入り口に向かって人々が歩いて行こうとしている場面なのだ。普通の視聴者にとってはまだ何も始まっていない。

そして彼らがトンネルに入ると・・・

「あ、あかん、もう来てる・・・ほら取り憑いた!」
「うわっはは!・・もうひとつ来た!」

と彼女らが言うと、画面の方ではタレントの女性が気分が悪くなったと言ってしゃがみこんでいる。シチュエーションとしては女性タレントが霊に「取り憑かれた」という絵である。

ここで付き添いの、いわゆる「霊能者」が取り憑かれたタレントの処理にかかる。要するに「取り憑いた霊」を祓うというお決まりのシーンだ。

霊能者は数珠を握って呪文を唱えつつタレントの背中を叩く。これを数回続けると、タレントの表情が変わる。タレントから霊が離れた・・・という状況のようだ。

「よしよし、離れたぞ・・・ああ、あかん!まだ開けたままだ!」
「ダメだこの霊能者!・・・」
「ほらぁ、また戻ってきてるで!ぎゃっはっは!」

もうここまで来ると彼女らの言っていることの意味がわからない。そこでこの発言の意味を尋ねてみると、概ね以下のようだ。

「あかん!まだ開けたままだ!」については、霊が一旦人から離れたとしても、その人をそのままにしておくとまたすぐに取り憑かれるらしい。そこで「わかっている」霊能者なら、霊が人から離れた隙をついて「出入りを封じる」という作業をする必要があるらしい。要するに、霊が入らないように「閉じる」ことである。まあこれは理にかなっていると言えばそうなる。改めて取り憑かれないようにしてやらないとなあ。

がしかし、画面の中の霊能者はそれをせず、タレントの表情が戻っただけで良しとして終わる。そのタレント、まだ取り憑かれたままでいるが、それに気づかれないままらしい。

そしてさらに・・・

「わっ、今度は霊能者の肩に乗っとるで!」
「うわはは・・・わからんのかなあ、ダメだこりゃ!」

とまあ以上のような有り様で、番組制作の意図とはまったく異なるところで、女房と娘には大受けのようなのだ。

その二人が心霊写真と言われる物を見ると

これもVTRを観ているのと似たような様相である。

番組の中で「ここに、あるはずのない顔のような物が写っている」と解説されたとしよう。しかしながら家の彼女らに言わせると、番組の中で誰も指摘しない箇所に本命の霊が写っているということが多々有る。

女房の能力の実証的な側面を解説しておこう

これは至って簡単である。すでに亡くなった人の霊とコンタクトしていることを実証するには、その亡くなった人しか知り得ないことを第三者として言い当てれば良いのだ。

例えば、遺品としてあるはずのところに無くなってしまった何かを探し出すとか、そんなことはもう当たり前にありすぎて枚挙に暇がない。

上記のようなことは実証として簡単であるが、今そこに霊が「いる」とか「いない」とかを普通の人々に教える方法がない。そこで実証できないじゃないか・・・と言われても仕方がないのである。

以上、夏の暑い夜。心霊番組を見ていて「こんなこともあるんだよ」ということを記した。

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