ひとりの芸術家が天川村を去る話

村のゲート

以下に書くことは、ある芸術家がTwitterに書き込んだ内容をもとにしている。僕はその人とTwitter上で知り合い、天川村という共通のキーワードを通じて少しのやり取りがあった。

二年ほど前のこと、ひとりの芸術家が天川村に移り住んだ。その理由は天川村の自然と都会からの「隔絶感」に惹かれたという感じらしい。その芸術家にとって天川村は創作活動の拠点としてかなりの思い入れがあったようだ。自身の創作には自然環境が不可欠といった考えを持っていたと思われる。また、たまたまではあろうが天川村には天河大弁財天社という、芸能の神を祀った神社があった。

さてその人なりに、そこに住むにあたって村文化とどうにかうまうやっていこうという努力があったと思われる。しかしそれはここ数ヶ月で破綻することになった。

細かいことは村民とその人との問題であって、僕のような第三者としてはどちらがどうと言える立場にない。

ただ大枠として言えることは、ここに「文明の衝突」のようなことがあったと思われる。

「芸術家」というのはそもそもが、芸術家以外の人にとっては「わからん人たち」なのである。都会の文化に慣れている人間からしても十分に「わからん人たち」である。

端的に言い切ってしまえば芸術家というのはそうでない人々にとっては「変人」なのだ。

その変人が、あるとき村にひょっこりと現れる。

  • 言語が通じない。
  • 感覚がわからない。
  • そして何を考えているのかわからない。

これら「ないないづくし」が互いに発生するのだ。

こうしたとき、村の側には「包摂性」はない。これがあると思うのは大きな錯覚か思い過ごし、そして買いかぶりで、包摂してくれるのは川と森だけである。

もちろん、芸術家個人が村の方を包摂することも無理がある。これも端的に言い切れば、包摂できるくらいなら芸術家などやっていなくて良いだろう。(もしかしたら一流の芸術家ならまた話は異なると思われるが)

一方、都会ではどうだろう。変人である芸術家がそこにいようと、包摂以前に「無関心」があって一見は問題が生じていないと「見える」だけなのであろう。むしろ行政がシステマチックに働くことにより、見かけ上の包摂はあるのかもしれない。

さて、村の話題に戻ると、簡単に言えばここに「文明の衝突」があるのだが、まずいのはとにかく「お互いの無理解」である。

理解不能なものはそれが「秘密を持った存在」となり、そして「恐怖」となる。そして人々はそれに固着し、そして人々は自分自身が恐れているものに「なる」。

コミュニケーション、親愛の情、リアリティ、これら三点のどれかが不在のところには必ず無理解と問題が生じる。

また逆に、上記三点のどれかを強制されることも無理解と問題なのである。

「遠くの親戚より近くの他人」と、昔の人ははよく言ったものだが、近くの他人がダメだともうそこには崩壊しかありえない。

さて、現状でその芸術家はすでに村からの引っ越しが完了しているらしい。村を去る決意をした日から今日まで、その芸術家は村と村民に対してTwitter上で悪態をつき続けること甚だしく、それは見るに堪えないものがあった。入村した当初のべた褒め感からの手のひら返しである。

この憎悪の元になるエネルギーの出処はもちろん、入村してきた時点に持っていた他でもない、愛情である。

非常に後味の悪い話ではあるが、これが天川村に起こった小さな物語である。そしてこれは日本と世界各地で様々な規模で起こっている。

追記:
もちろん今回の話には文明の衝突以前に、個人が持つところの、ある意味根深い諸々の「反応」がある。多くの人は、過去の時間に固着し、そして目の前にある現状とそれを混同していることがある。

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